フィアット・クライスラー(FCAU)の投資判断(1) 市場のトラウマ






今回はフィアット・クライスラー・オートモービル(通称FCA)に関して考えていきます。


自動車株! こちらはバフェットがかつて航空株と並び、金輪際近づかないよう念を押した曰く付きのセクターです。


どうしてバフェットが警告したのか?  またどうして著明投資家のモニッシュ・パブライ、ガイ・スピア、そしてアインホーン(アインホーンの主力株はゼネラルモーターズ)が自動車株に手を出しているのか?


こういった所も含め、本シリーズでは私のバリュー投資の視点から見た、自動車株などコモディティ株への投資要点をお伝えしていこうと思います。




※扉絵はフィアット 500(写真は旧型)で、可愛らしいフォルムが人気のフィアットの主力軽自動車です。本邦ではルパンが乗っていたことでも有名ですね (*'ω'*)




フィアット・クライスラー・オートモービル(FCAU)


フィアットは1899年にイタリアで創業された自動車企業です。


こちらは欧州自動車業界の雄で、2017年には440万台の車両を生産、22万人の従業員を抱え、欧州では「フランスはルノーを持ち、イタリアはフィアットを持つ」と評される、正にイタリアを代表する企業になります。


ここでFCAの株式の特徴として、イタリアと米国の2カ国で上場しており、イタリア市場の影響を大いに受けることが挙げられます。


伸び悩むイタリア


イタリアはユーロ圏第3位の経済大国であるものの、その一人当たりGDPは1999年のユーロ導入以降ほぼ横這いで推移しており、若年層の失業率が40%近くで推移するなど経済的な伸び悩みに直面しています。



※FTSE MIB指数。



これを反映し、イタリア市場は2000年頃から20年近くに及ぶ超長期の下げ相場の真っただ中にあり、イタリア市場全体の平均PBRは1.2倍とかなり低いレベルで推移しています。


国別のPBRで言いますと(2018年7月付)欧州平均が1.9倍、エマージング国が1.8倍、日本が 1.4倍となっており、なんと日本をも下回るバリュエーションで推移しているのです。


同国は長らく続く不況、それによるEU離脱問題、ポピュリズム政党の台頭などの混乱が続いており、そんな中、先進国の中でもいわば忘れられたマーケットとなっていることが見て取れます。



※イタリアの実質GDP推移。2017-18年の数値は2018年4月時点のIMFによる推定値。世界経済のネタ帳より引用。



因みにそういった市場の低評価とは裏腹に、近年わずかずつながらGDPは上向き傾向を見せていることも重要なポイントと思われます。


こういった(1)市場の低評価, (2)にも関わらず僅かずつ成長する実体経済の組み合わせは、バリュー的にはなかなか期待が持てますね。


なおこのような市場に上場している銘柄、かつ景気循環銘柄では3-5割位の価格の上下動は当たり前の高いボラティリティが特徴となります。投資に当たっては、この点ご留意下さい。


会社概要


同社が保有するブランドは以下があります。



・フィアット:
軽自動車・コンパクトカーに特化し、イタリアらしいお洒落感のあるデザインを前面に打ち出したブランド。

・フィアット・プロフェッショナル:
フィアットの商用車部門。

・クライスラー
セダンやミニバンを中心としたブランド。

・ジープ
四輪駆動車の代名詞となる有名ブランド。多種のSUVをラインナップ。

・ラム
クライスラーの主力だった北米で人気のピックアップトラックが主。

・ダッジ
特徴的なデザインのセダンが主力。

・アルファロメオ
1910年創業のスポーツカー老舗。

・マセラティ
1914年創業のスポーツカー老舗。



ここでは米国のビッグスリー クライスラーを始め、四輪駆動車の代表的存在のジープ、高級車のアルファロメオ・マセラティなど、誰もが聞いたことがあるだろうブランドが並びます。


栄光と衰退の歴史


ここでフィアットの歴史を振り返ってみます。


第二次世界大戦後、フィアットはイタリアの奇跡と呼ばれた高度経済成長の波に乗り、西欧や東欧諸国へ次々と世界展開を果たします。


また1969年にフェラーリ(2016年に本企業よりスピンオフ)、1986年にアルファロメオを傘下に収め、イタリアの自動車企業をほぼ独占するまでに至りました。


ですが良い時代は長くは続かないもの、70年代からのオイルショックや、その後の日本車との競争、また度重なる労働争議により経営が不安定化、本企業は次第とその財務基盤を圧迫されることとなります。


そして2000年代に入る頃には最早倒産も間近とされ、「死の匂いがする」と評される創業以来の苦境に陥るのですが、意外にもここからフィアットの復活劇が始まるのです。


フィアットの奇跡


同社の危機を受けセルジオ・マルキオンネが新CEOとして着任し、コア・ビジネスへの資本の集約(特定の車種への積極投資と新車開発:主にアルファロメロ・マセラティ・ジープの各ブランドでの時流を読んだSUVの展開)、経費削減、労働組合との交渉、フェラーリやCNHインダストリアル独立(※)による資金獲得などめまぐるしい活躍を見せます。


これらの改革を受けて徐々に業績は回復に向かい、誰の目にも不可能と思われたフィアットの破綻を回避。2006年には同社の復活宣言に漕ぎ着けるのです。


さらにはリーマンショックも乗り越え、かつ2014年に経営不振に陥っていたクライスラーを子会社化、同じく業績を立て直し今に至っています。



※CNHインダストリアルは農機・トラック・商用車・産業機械を扱う多国籍企業。2011年 FCAより独立。現在農業機械として世界2位、建設機械として世界3位の規模を持つ。



名将の功績


ここで何を言いたいかというと、同じ会社、同じブランドを経営しても、その経営手腕によって結果に大きな差が出るということなのですね。


基本的に自動車という売り物の機能は、トヨタも日産もフィアットも、どのメーカーも同じものな訳です。


ですから性能・デザインを一定のコスト内で如何に並び立たせるか、或いはフェラーリのようにいくら値段が高くとも買いたい!と思わせるブランド力を構築できるか、この手腕が経営陣に求められます。


従って後のシリーズでもお伝えしますが、こういった産業では経営陣の能力が大半を占めると言ってよいほどに、投資の重要なポイントとなってきます。



セグメント



※2017 FCA IRより引用。上図は地域別売上台数。



セグメントはNAFTA(北米)、EMEA(欧州)、 LATAM(ラテンアメリカ)、APAC(アジア太平洋)、Maserati(マセラティ)、Components(部品製造)に分かれます。


ここからは各部門の利益率(EBITマージン)が大きく異なり、北米やMaserati、Components部門は大きな利益率を持つ一方、その他の部門は低利益率であることが分かります。


また北米と欧州、マセラティ、部品製造部門の4つがEBITで稼ぎ頭であることが分かりますね。


以下、これらの部門を中心に詳しく見ていきましょう。



NAFTA





NAFTAではFCAの業界シェアは12%ほどと、大手の一角になっています。


NAFTAの収益構造の特徴は、利益がピックアップトラックとSUVの需要に依存していることです。 2017年の米国の小売販売台数の約62%をこれらが占めており、かつ大型車両は他の車種よりも収益性が高いことが特徴的です。


ですからNAFTAの消費者需要が燃料価格の高騰などを理由に中型乗用車にシフトすれば、収益に悪影響を及ぼす可能性はありうるかと思います。


また同社が戦略的にこれら利益率の高い車種に投資資本を傾ける戦略を取っていることから、2016年に同社は小型・中型乗用車の生産を北米で中止しており、今後もこの傾向は強まる方針です。



EMEA





欧州でのシェアは7%で4位と、北米よりやや小ぶりな印象です。お膝元のイタリアでは高いシェアを誇るものの、自動車大国ドイツや、プジョーやルノーを擁するフランスなどの強敵がひしめくマーケットですね。


欧州ではフィアットブランドの小型乗用車 フィアット500・フィアット Pandaが、欧州小型車セグメントのシェアでは32.6%を占めています。


また売上販売台数の38.8%を小型車が占めており、同社は都市部が広がる欧州では米国と違う戦略を取っていることが分かります。


そしてこういった一般普及車は、利幅が薄いのですね。



Maserati




一般普及車とは別に、高級スポーツカーのマセラティは別会計となっています。こういった高級ブランドは先の図から見て取れるように利益率が一般普及車とは全く異なりますので、この部門を分離することには合理性があると思います。


ここでは米国と中国、欧州が重要地域となっています。



Components


部品部門は以下のブランドからなります。



・マニエッティ・マレリ:
電装品・燃料噴射装置における世界最大手の一つ。照明、パワートレイン(エンジンとトランスミッション)、電子システムなどを製造販売。売上の34%はFCAに由来するものの、その他に世界中で同業他社のOEM生産を行っている。

・テクシッド:
鋳物製造が専門。エンジン部品、トランスミッション部品、ギアボックスなどを製造。売上の44%がFCAに由来。

・コモー:
ロボティクスなど先進工学が専門。ボディ溶接システムや組み立てシステムなどのオートメーション技術を提供。売上の25%がFCAに由来。



こうして見てみると、FCAは単なる自動車会社ではなく、性質の異なる部品製造会社も保有していることが分かります。


また、同社は今年度末から来年度にかけてマニエッティ・マレリをスピンオフすることが決定しています。


以前も同社は2016年にフェラーリをスピンオフし、そちらは多額の資金を獲得して成功裡に終わっているのですが、自動車会社の場合非常に低く見積もられてしまう(PER 5-6倍程度)資産がここでは分離によって有効に活用される訳です。


例えばフェラーリでいうとPER 35倍と、自動車産業というよりブランド産業として市場は認知しているのですね。そしてマニエッティ・マレリも部品会社=製造業一般であれば、現状のPER5-6倍よりは高くなる公算が大でしょう(PER10倍程度は期待できるかと個人的には思います)。


そのような意味で、本企業はまだ他の部品部門や、マセラティやアルファロメオといったスピンオフの資金調達カードを持っていますし、一般的にコングロマリット企業は的確にスピンオフを行いうる能力を持つ経営陣の元では、" 隠れ資産 " を抱えていると私は考えます。


そして、こういう企業では簿価からみて少し割高でも(PBR1.2-1.5倍程でも)ブランド価値を簿価に織り込んで購入する意味があるかと考えています。


・・・


なお経営陣はマセラティ・アルファロメオのスピンオフも適時検討しており、ジープを柱とした大衆車ブランドとして同社の資本を注力させる予定です。これにより競合他社と合併する場合に備え、FCAの魅力を高める方針としています。


ここには同社は以前から同業他社への身売りを公言しており、数年前ゼネラル・モーターズとの交渉が行われ、そちらは破談になったものの、未だ模索を続けている背景があるのです。


そしてドイツの企業は米国での事業展開において有力なSUVを欠くことから、業界ではフォルクスワーゲンが同社を欲する可能性があると噂されています。


前CEO マルキオンネは自動車業界で生き残るには規模が必要との信念から、今後も常に買収合併を模索する経営方針を社内外で発信していました。従ってこの方向性は続く可能性が高いかと思います。


このマニエッティ・マレリの分離にかかる獲得資金の見通しは、次回以降のシリーズで考察していきたいと思います。



市場のトラウマ


米国自動車業界 ビッグスリーは2000年代に深刻な苦境に陥り、リーマンショックではゼネラルモーターズとクライスラーが破綻する惨状を呈しました。


安値で本能的に買いに入るバリュー投資家達が数多く買いに入り、大損を出した曰く付きの罠、いわゆるバリュートラップがこちらだった訳です。


そんな事情があり、かのウォーレン・バフェットも自動車株は(同じようなことが起こった航空株にも)近寄ってはならない!としましたので、多くの投資家はコモディティの代表たるこれらを完全に投資対象から外すこととなりました。



・・・



さて、先日CAIインターナショナルの投資判断でお伝えしたように、コモディティの問題は、(1)不況時も削減出来ない研究・設備投資費、(2)返済不可能な負債、(3)好況時にROE, ROAを保つ経営陣の能力にあります。


当時の自動車株は日本企業との競争に破れ、返済不能なレベルの巨大な負債を抱えていた訳ですが、あれから時が流れました。


バフェットさえも破綻や業界再編を経て、性質が変化した航空株を購入し始めた今、チャプター11が発動され負債が削減された後の自動車産業はどうでしょう? また時代の流れがSUV・ピックアップトラックに変わりつつあるときに、ビッグスリーの得意分野たるこれらへのブランド力はどうでしょう?


ここで現状ほぼ簿価スレスレの基準で取引されつつも、徐々に黒字幅を大きくする本企業に価値はないのでしょうか?


また多数の自動車産業外のバリュエーションのブランド部門を内部に保有し、スピンオフを繰り返す本企業の価値は、投資適格外とする程までに低いのでしょうか?



次回は本企業の決算報告書を読みつつ、考察を深めていきたいと思います。





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