前回は、エア・キャップ(AER)が、(1)強い競争や高い設備投資により消耗を常に強いられるコモディティ銘柄であること、(2)しかしそれ故に、安値で放置された状態が続いておりグレアム投資の対象となり得ることをお伝えしてきました。
今回はエア・キャップの安全域に関して考察していきます。
グレアム投資
清算価値
まずコモディティに属する銘柄を扱う場合、大変重要となる清算価値を計算していきます。以下はベンジャミン・グレアムの賢明なる投資家に記載された方法に準じて計算を行っていきますね。
※AER 2017年 Q3 IRより引用。
AerCapは複数の子会社を保有しているため、上図のバランスシートはそれらを複合させたものになっています。今回、右端のその合計を読んでいきましょう。
Asset(資産)の項目は以下です。
Cash and cash equivalents(現金及び現金同等物)、Restricted Cash(売掛金・受取手形など制限付き現金)、Prepayments on flight equipment(飛行機材の前払い金)、Flight equipment held for operating leases, net(リース用機材)、Flight equipment held for sale(販売予定の飛行機材)、Maintenance rights intangible and lease premium, net(メンテナンスにかかる無形資産やリース費用へのプレミアム)、Net investment in finance and sales-type leases(ファイナンス・販売型リースに対する投資)、Investments including investments in subsidiaries(子会社への投資を含む投資)、Other assets(その他資産)から成ります。
現金は額面の100%、清算時に即時戻ってこないリスクがある売掛金と受取手形は80%、前払い費用は25%、棚卸資産はその企業の保有する製品の性質によりますが、同社では航空機やその周辺機材といった換金価値がある程度見込めるものであることから、額面の66%で計算します。またOther current assetsは額面の25%で計算します。
なお、航空機では耐用年数が30-40年と長期であり、長期間安定して使用できることからその中古価格は非常に安定しています。
減価率は3.33%/年程度とされており、当銘柄では平均機体年齢が7.6年であったことから現在の中古市場での流通価格は簿価の約75%と考えられますが、ここから更に安全性を見込んだ66%で清算価値の計算を行っていきます。
これにより資産の清算価値は25007.2(単位は100万ドル)となります。
そして、負債に関しては簿価そのままの額で計算します。
Total liabilities(総負債)をそのまま用いますと、同社の清算価値は - 7396.8(単位は100万ドル)という結果になります。
ブランド価値
さて、清算価値がマイナスということは簿価から見た安全域は取り難いことになります。
しかしながら航空リース業界有数の規模を持つ同社の場合、その規模と、リーマンショック中にも一度も赤字を計上しなかった財務基盤というブランド価値も考慮に含めるべきでしょう。
次は本銘柄のブランド価値を考えていきます。
上図は本銘柄のPBRの推移です。PBRは0.2-2.0倍と強い変動の中を推移しており、景気循環によって大きな影響を受ける本業界の性質が現れています。
鉄鋼や造船・自動車などこういったコモディティ銘柄ではこのように景気循環に一致して価格が上昇し、景気後退とともに市場の悲観により破綻の懸念を前提としたPBR 0.5倍以下という清算価値と等価の水準まで売り込まれるのが、パターンであるかと私は思います。
しかしながら10年以上赤字が無く、十分以上に大きな大企業であれば、その規模による価格面での競争力や企業自体の人的・物的資源によって実際的に倒産する可能性は非常に低く、景気の改善とともにやがては価格の上昇を来すこととなるため、その規模や財務基盤自体が安全域としての性質を帯びると考えます。
グレアムはブランド価値に支払う価格はPBR 1.2倍までとかつて著書の中で発言しています。またバフェットも以前PBR 1.2倍以下であれば割安と述べました。
私もPBR1.2倍という基準は、自身の経験からも、財務基盤が良好な大企業であれば割安の範囲として同意しています。
同業他社
それでは上場企業で財務諸表が公開されている同業他社とのバリュエーションを比較してみましょう(なお業界首位のGEの子会社、GECASは年次報告書で個別決算を報告していませんので、バリュエーションや営業損益などは不明につき未記載です)。
AER: PER 7.52, PBR 0.94
AL: PER 11.95, PBR 1.17
AYR: PER 11.55, PBR 0.98
FLY: PER - (赤字), PBR 0.71
業界全体のPER, PBRはとても低いレベルに抑えられていますね。
なおAL (Air Lease Corp)は、2010年に業界の名経営者と名高いSteve Hazyにより創設された新設の会社で、ここ数年で業界有数の規模にまで成長しました。このように資金があれば、直ぐに参入できる参入障壁の低さが本業界に過当競争を生み、バリュエーションを低く抑える原因となっています。
そしてROE, ROA, 売上高利益率などから見た資本効率はこの中でもエア・キャップは最も優れた企業に入りますし、機材の一括購入や価格交渉など、こういった業界では規模がものをいう点は大きいですね。
さて、業界内では比較的優秀な業績・規模にあって、低く抑えられたバリュエーション、また現状の金利や市況などを総合的に考え、本銘柄では、現状PBR 0.9倍程度であれば割安と私は判断します。
シケモク投資のリスク
しかしながら、(1)多大な設備投資、(2)業界自体に参入障壁が無いため更に大きなプレーヤーの出現など競争により利益が圧迫されうること、(3)大きなレバレッジが必要となる業界自体のリスク、(4)不正会計や急激な景況の悪化による低迷リスクなど、事故の可能性も0ではないと考えますので、相応の分散投資は必要でしょう。
ですが、実際の業績に倒産リスクが少ない低PBR銘柄を選んで保有することにより、総じて高いリターンを生むこともまた統計学的な事実ですので、グレアム投資のパターン通りに十分な分散投資の元であればリスクも許容可能だろうと判断しています。
既に銘柄自体にレバレッジがかかっていることを考えると、私が保有する場合は資産内のポジションは3-6%程度と考えていますし、本四半期では150万円分ほどの購入を行う予定です。
米国市場とグレアム投資
かつてウォーレン・バフェットは、シケモク投資を行っていた頃の自分を振り返り、「今から考えるとその財務内容はおぞましいものでした」と発言しています。
実際にグレアム投資では、バフェット銘柄に比べ非常に財務内容の劣る銘柄が殆どを占めます。
しかし赤字を出さずに簿価を守ることの出来る銘柄を安値で購入することによりリスクは非常に限定されたものとなりますし、更にそういった銘柄を複数選んで分散購入することで、個々の銘柄では確実でなくともポートフォリオ全体として利益を得ることがグレアム投資では重要なポイントだと私は考えます。
純粋なネットネット銘柄はほとんど米国では見られなくなっていますが、こういった景気後退期も赤字を出さないというブランド価値を考慮した上での安値銘柄はまだ米国に見られると思っていますし、十分な安値であれば是非投資を検討していきたいと思います。
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