フィアット・クライスラー(FCAU)の投資判断(2) 名将の軌跡





今回はフィアット・クライスラーの年次報告書を読み進めていきたいと思います。



まず年次報告書の読解に当たり、私が感じた注意点をお伝えします。


本企業の年次報告書はかなり難解です。低い利益率、大きい負債(従業員年金や、リコール・販促費など各種引当金を含む)、繰り返されるスピンオフと企業合併、企業内に複数存在する別業態の子会社といった要素で、かなり入り組んでいます。


投資に当たっては、普段よりなお慎重な年次報告書の読解が求められると思いますので、本銘柄への投資を検討されておられる方におきましては、ご自身でもよく年次報告書を確認頂きますと共に、この点ご注意下さい。



それでは、始めていきましょう。



※扉絵はマセラティ・グラントゥーリズモ。イタリアらしい艶やかなデザインですね 。しかし、名前からして実にオトコゴコロをくすぐります (*'ω'*)




財務諸表


薄い利幅、圧し掛かる金利


※縦軸の単位は100万ユーロ。



前回お伝えしたように景気循環銘柄たる本企業は、リーマンショック前後に大きな影響を受け売上減を来し、2009年には赤字に沈んでいます。



※単位はユーロ。


EPSを見てみましょう。やはりリーマンショック時や、2015年の中国を始めとした新興国市場が大きく沈んだ年度も、利益が損なわれていることが分かります。


ですがリーマンやチャイナショックなど複数回の不況の時を経て、ここ10年でようやくEPSは次第に上昇傾向にあることも分かりますね。


因みに本企業は無配です。


このような景気循環銘柄で下手に配当を出しますと、不況時に配当維持に足を取られ長期低迷を招きかねませんので、個人的にこのスタンスには好感が持てます。



・・・



さて景気循環銘柄の常として、巨大な借入金の支払いが利益を食いつぶしていることが多々あります。本企業の収益力をもう少し詳しく見てみるために、純利益を構成している指標、ここでは同企業の決算で多用されているEBITから利益を見てみましょう。


※単位は100万ユーロ。
※因みにEBIT = 純利益 + 法人税等 + 支払利息 - 受取利息で表され、積極的な借入れを行う企業の決算で多く用いられます。



上図のEBITベースで、つまり純利益から利払い(Net financial expenses)を除外して見てみると、近年本企業のEBITが順当な成長を遂げていることが分かります。


また後述するような負債元本の返済に伴い、ここ数年では次第と利払いも減じてきています。


つまり本企業は近年クライスラー合併などにかかる巨額の負債と、その利払いにより利益減に見舞われていたものの、そのピークが過ぎつつあることが分かるのですね。


このように非常に利幅が薄い(売上高純利益率 0.3-3%ほど)本企業において、その僅かな利を食いつぶしていた金利支払いがピークを越えつつあることは、この営業利益と金利支払いの損益分岐点を超えれば純利益が一気に拡大することとなるため、大きなプラス材料だと思います。


そして実際に上図で分かるように、2015-17年にかけて重い金利の枷と、不景気の波が過ぎた後、純利益が爆発的に増加し始めていますね。



堅牢な簿価、生まれる利益





ROEは好況時には15%ほど、不況時には低値となり景気循環に一致したサイクルを取ります。不景気時は利益はほぼ0となる一方、好況時に自己資本から大きな利益を生み出し一気に稼ぎきる、そんなビジネスモデルですね。



※単位は100万ユーロ。



フリーキャッシュフローは営業キャッシュフローと比較して、大変低いレベルに抑えられています。これは投資キャッシュフローが莫大となる重厚長大型の産業では良く見られる傾向です。


CAI インターナショナルの投資判断でお伝えしたように、これは重厚長大型の産業では営業キャッシュフローの殆どが投資キャッシュフローとして設備投資・研究費に用いられ、結果、簿価として企業内に価値(工場・作業機械 etc.)が蓄積されることに寄ります。


ですが景気循環企業の中でも大きな設備投資を繰り返し、フリーキャッシュフローが常に赤字ながらも、その設備の経年劣化(減価償却)に負けぬ利益率で、設備がキャッシュを稼ぎ出し、更に大きく簿価を膨らませながら成長を続ける企業も多く見られます。



※単位は100万ユーロ。



簿価を見ていきます。


上図をみると本企業はこの10年、リーマンショックやチャイナショックの期間も含めほぼ簿価を減じていません。


これは同時期のビッグスリーは、合併前のクライスラーやゼネラルモーターズは破綻、フォードも簿価がマイナスに沈んだ悲惨さでしたから、まず優秀な成績です。また近年では負債も削減傾向にあります。


本企業は2014年にクライスラーを合併、2016年にフェラーリをスピンオフしていますので、それらによる財務への影響もありますが、全体として優秀な成績だと思います。



※こちら単位はドル。今までの図と異なるため注意。



先程お伝えしましたように、2014年のクライスラー合併後から徐々に利益率が改善し、負債削減と金利支払い減も進んでいます。


不景気時には重く圧し掛かっていた負債の支払いが、好況下で容易となり、損益分岐点を超えると一気に利益は急増を始めることになります。ですから簿価もこの局面で一気に増加し始めるのですね。


これを反映し上図のBPSはここ4年間、年平均15%で成長しています。



簿価が生む利益、その重要性


ここまでの財務諸表での主なポイントは、(1)本企業が好況時にROEを高く保ち簿価を積み上げていること、(2)不況時には簿価減を抑えていること、(3)また枷となっていた債務削減が進んでいることだと思います


またこういった景気循環型かつ重厚長大型の企業において、IT企業など簿価をほぼ必要としない企業への投資と考え方を変える必要がある点も、考察に当たってのポイントかと思います。


といいますのは、こういった企業では簿価、即ち有形の設備・機材といったものが必要不可欠です。その成長無しに利益の成長もあり得ないのですね。


そして設備投資が適切に成されればその設備が新たな利益を生み、更なる設備投資を可能にするという、いわば正のサイクルが好況時には形成されるのです。


ですので、私はこういう企業では(1)簿価(BPS)の成長率、(2)好況時の高いROE、(3)ここから相乗的に生まれる純利益の成長率、(4)成長を阻害せず返済可能な範囲の負債のレベル、を重視するようにしています。


ここは次回お伝えする本質的価値の計算にとても重要ですので、投資初心者の方には押さえて頂きたいポイントです。


名将の采配


ここからは視点を変え、前CEO マルキオンネのどういう経営戦略がこの数字の背景にあったかを見ていきます。



同社は2014年クライスラーの合併時期に前後し、2018年までの5カ年計画を作成しその計画に沿った経営戦略を取ってきました。その経営戦略はざっくり言いますと得意分野への選択と集中、そして子会社の分離です。




同社は2014年度から利益率が高く、近年世界的に人気が出てきているSUV、北米で人気の強いピックアップトラック、またラグジュアリーブランドへの傾注を進めてきました。


上図は2014年に作成された、2018年度に向けての各ブランドの売上台数構成の計画です。利益率が高く、ブランド力もある程度高いジープ、アルファロメオ、マセラティへ比重を置く戦略を取ってきたことが分かりますね。





時を進め、2017年の売上高構成を見ていきます。


ここでは計画通りにジープが同社の看板商品となり、マセラティとアルファロメオのラグジュアリーブランド、ラムとフィアットプロフェッショナルの商用車・ピックアップトラック部門がメイン部門に生まれ変わっていますね。


実に鮮やかに時流を読んだ戦略と思います。




また自動車の台数/構成の変更とは別に、売上増、経費削減による利益率改善も追及されてきました。上図では2014年の売上が936億ユーロ、EBITマージンが4%程度であったものを、2018年には(上図赤字)売上1320億ユーロ、EBITマージン7%程度を予定していた訳です。




またこの利幅増はVolume/Mix(自動車の台数/車種構成) 、そしてコスト抑制により達成する予定となっていました。


そして2017年の実際の売上高は1109億ユーロ、EBITマージン6.4%、なんとこれは上図の経営陣の予測と概ね一致しています。





また、同社の粗利益率と営業利益率は堅調に推移しており、財務指標に劣るクライスラーを合併したこと(2014年合併)、また財務に優れたフェラーリをスピンオフしたこと(2016年:粗利益率50%、営業利益率20%ほど)を考えると、この水準を保ち続けているのは順当な経費削減の結果と思われます。


更に2016年のフェラーリのスピンオフでは40億ドルを調達しており、これは当時の同社の時価総額139億ドル、純資産194億ドルという規模からしてとても大きなインパクトを持つものでした。



という訳で同社は2017年度まで、チャイナショックなどの外的要因が存在する時期を除けば、概ね5カ年計画通りに事が運んでいたことになるのですね。


そしてこのような利幅が小さく、負債が大きく、競争が激しいビジネスで、ほぼ計画通りに利益率も改善させることは芸術的とも思える経営手腕です。



2022年ガイダンス


2018年6月、同社は再度、次の5カ年にかかる戦略を発表しました。


このように5カ年毎の計画を発表する企業は珍しいです。


ですが景気次第で大きく短期業績が振れ、また投資の成果が速やかに業績に反映されないこういった企業では(本企業は研究開発から製品化まで平均24か月を要し、研究開発の償却費が先行する可能性があります)、長期的な見通しの発表は、業績を予測する上でも、また経営陣の能力を計る上でも理に適ったものと思います。






ここでの目標は、(1) 2022年のEPS 6-7€、(2) 2022年の売上に対するEBITマージン 10%、(3) 2022年までの売上高成長率 年7%です。


(1) 2017年のEPS 2.24€、(2) EBITマージン 6.4%でしたので、これは飛躍的な成長目標と言えますね。


そして8月15日現在の株価が16ドル(=14.13ユーロ)ですので、2022年目標から見ると、予測PERは2.2倍ということになります。これは2022年という大分先の話とはいえ、将来のPER2倍という数値は一般的に見て、大変ディスカウントされたものかと思います。




では次回はこの2022年ガイダンスを読み解きつつ、本銘柄の本質的価値を考えていきます。





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