フィアット・クライスラー(FCAU)の投資判断(3) 騎手とレースと





今回はフィアット・クライスラーの本質的価値を考察していきます。



※扉絵はジープ ラングラー。軍用車仕様の骨太なデザイン、これぞ漢のクルマですね (*'ω'*)




本質的価値


本質的価値の評価法


本質的価値の計算には (1)清算価値を計るグレアムの方法、(2)ブランド価値を評価するバフェットの方法、(3)企業が生むフリーキャッシュフローの総和を求めるマンガーの方法、の3つがあります。



グレアムの清算価値


まず(1)の方法で計算してみますと、固定資産を売り払い負債返済にあてたとして、本企業の清算価値はマイナス、つまり清算価値からみた安全域は取れません。


従って本企業の場合は、生み出す収益力の面から本質価値を考えた方が良いでしょう。



バフェットとマンガーによる本質価値


ではバフェットのブランド価値による本質価値の評価はどうでしょう?


ブランド価値とは寡占企業が、その寡占力によって内在価値の複利的増加を来すことに本分があります。


本企業ではジープやマセラティは(以前分離したフェラーリも)それなりのブランド力を有するものと思いますが、クライスラーやフィアット部門なども含めた全体で見るとコモディティの範疇に属すると思われ、これにはまずまず当てはまらないでしょうね。




マンガーの企業から生まれるフリーキャッシュフローの総和=本質的価値、の考えは本企業のフリーキャッシュフロー赤字が続いていますので、この考えも用いることは出来ません。




このように従来のバリュー投資の方法を当てはめると、本銘柄、また景気循環銘柄の多くは投資不適格ということになります。


しかしブランド価値が高いと思われる(PBR 1.2倍程度では不適切な)部品部門、またアルファロメオ、ジープなどを内部に有する本企業に価値は無いのでしょうか? また今後スピンオフ予定のマニエッティ・マレリの売却価格は考慮に入れるべきでは無いでしょうか?


そして、かつてのバフェットの自動車株と航空株に手を出すな!という言葉により、皆が先入観を持ってはいないでしょうか?


こういったことを頭に置きつつ、ここから先は当ブログのオリジナルをお伝えしていきますね。



簿価成長による本質的価値


自己増殖的な簿価


前回お伝えしたように、本企業は毎年莫大な額を投資キャッシュフローとして設備・研究開発に回しています。


つまり営業キャッシュフローをほぼ全て投資キャッシュフローに回し、簿価を増殖させ続けているのですね。


この際に負債・利払いのレベルが許容範囲、且つそれ以上に高いROEを保ち、純利益を稼ぐことが出来るのであれば、簿価は加速度的に増殖することとなります。




これを反映し、この10年で簿価は年8.9%成長し、また業績が軌道に乗り出したここ4年間では年15%成長しているのですね。


2016年にフェラーリをスピンオフし、40億ドルほどを調達していることを考慮にいれても、近年は順調に資産を伸ばしているものと思います。


また近日中にマニエッティ・マレリのスピンオフも成される方針で、そこでは35-50億ユーロ(42-58億ドル)程度の資産価値があるものと推定されており、フェラーリ同様、スピンオフによる簿価増加が期待されます。


※FCAUは2014年からNYSE上場、それ以降のデータです。


またPBRは景況にも寄りますが、ここ5年で0.7-2倍ほどのレンジをとっています。



本質的価値の計算


ここで質問です。


本企業のPBRは現在(2018年8月16日付)1.2倍です。



(1) 2022年ガイダンス(4年後)目標通りに利益率の改善が進み、BPS成長率15%を維持、PBR 1.8倍の場合に株価は何倍になるでしょう?


(2) 新CEOが尽力しマルキオンネには及ばぬもののBPS成長率10%を維持、PBR 1.4倍の場合には株価はどうなるでしょう?


(3) 残念ながらCEO交代によりコスト削減などの経営戦略が大きく後退、スピンオフ分しか純資産が成長せず成長率7%、PBR 1倍なら株価は何倍になるでしょう?


(4) 貿易摩擦懸念が現実のものとなり、新CEOも期待外れの戦略を連発、リーマンショック並の成長率0%、PBR 0.7倍と悲惨な事態が生じた場合、株価は何倍となるでしょう?



・・・



(1) では株価が2.6バガーとなります。これはなかなかの結果ですね。


(2) は利益が70%得られることとなります。まあ悪くはなさそうです。


(3) は利益が9%となります。丸4年待ってこの結果はなかなか寒いものがあります。ですが (4) の場合、利益は-42%と悲惨なことになってしまうのです。


ジョッキーは誰?


ではこれらの事態がどの程度の確率で生じるのか。ここを考えるのに重要なのが経営陣の手腕です。


近年の本企業の歴史は、多額の負債、それによる利益率の圧迫にあり、マルキオンネ前CEOが負債を着実に返済し、利払いによる枷をとって利益増に漕ぎ着けた、その芸術的手腕が大きなポイントでした。


マルキオンネがいない今、上記の確率を適切に見て取ることが出来ず、投資対象として本企業は不適格なのでしょうか?


名将が残したもの


マルキオンネはかねてから2019年を持って引退する方針を表明しており、2018年6月に自身がいない状態での2022年ガイダンスを作成した所での訃報でした。


つまり彼が居ない状態でも、実現可能な見込みが高いと考えてのガイダンス作成と思いますし、SUVや高級ブランドへの注力、マニエッティ・マレリのスピンオフなど、地図は全て作成した上でのCEO交代だった訳です。


そして、新CEOのマイク・マンリーはジープ部門の責任者です(2009年~)。彼自身も優秀な経営者として、ジープブランドを世界展開し、2008-2017年の間に年販売台数を34→140万台に急増させ、同社のトップブランドとした人物です。


モルガン・スタンレーによると、ジープは本年のグループ利益の70%を占める見込みとされ、この業績からして彼もまた大変に優れたグループ内での経営手腕の持ち主ではないかと思います。


なおマンリーは今年世界で販売されるSUVの17台に1台はジープになるとしています。更に2022年には12台に1台をジープとし、既に現在アメリカの愛国的ブランド ベスト3とされているジープを、コカ・コーラの認知度に引き上げるとしていました。


そして彼自身、熱狂的な仕事中毒として知られているそうです。



・・・



私が思うに、例えばゴルフでタイガー・ウッズにスイングに関して色々と注文を付けるのは、概ね時間の無駄であるかと思います。


優秀な経営者と思われる人物であれば経営を任せ、こちらは投資先の研究に余念が無い、それが互恵的な関係かと思うのです。


ここでは、既に名将が残した青写真があり、かつての危機的な状況から好転し始めた順当な財務形態があり、後任は恐らくかなりの人物であり、それを踏まえての2022年ガイダンスだった、私にはそう思える訳です。


投資の達人の考え


著明バリュー投資家のモニッシュ・パブライ、ガイ・スピアは本銘柄を大量に保有していることで知られます(ポートフォリオの30%と20%)。


パブライも、2022年ガイダンスでの予測PER 2倍程度のバリュエーションが、銘柄保有の根拠であるとしています。


当然、経営陣交代のことは知った上での発言ですし、そこも織り込んだ上での株式保有と思われます。


私自身は馬よりもジョッキーに賭ける投資はそこまで得意ではありません。グレアム投資など定量的な投資と比べて、経営陣の質という定性的な部分を見るのが、大変難しいからです。


ですが、自分よりも優れた投資家2人が賛成票を、しかもポートフォリオの30%・20%を投じているのならば、恐らく彼らはマルキオンネ後の経営陣を信じているのでしょう。


そして私の目にもこのジョッキーは過去の実績から、実に有望なレースを展開してくれそうに見えるのです。


定量と定性、その本質的価値


では先ほどのシナリオ、簿価の15%成長 : 10%成長 : 7%成長 : 0%成長が、3 : 3 : 2 : 2で起こるとします。


ここは様々なご意見があろうかと思いますが、本企業では定性的評価を行わざるを得ませんので、どうしても私の恣意的となる部分です。


ただこれは、2022年ガイダンスを10分の7の確率で守れないという、かなり厳しい見積もりではあるかと思います。


この場合の平均的な利益は、62%(12.8%/年)ということになりますし、かねてより本企業が希望している同業他社からの買収、他の部品部門やマセラティなどの売却があれば、まだ株価には上昇余地が有り得るかと思っています。




※以下はオマケです。先のベストシナリオ、年15%簿価が成長する場合は、2022年にBPS $22.8 (予測PBR 0.68) となります。17→22年にROEが17.5→30%に改善したとすれば(経営陣はEBITマージンで6.3→10%を目標としています)、2022年 EPSは$6.8(€6)です。これは経営陣の2022年ガイダンスに概ね一致します。アバウトな計算ですが、経営陣もこの程度の2022年 簿価・負債返済を見込んでいるのかと思います。



ピットホール


ここでは、私が思う本企業の問題点を挙げていきます。


・不況時に借入金の利払いと元本支払いが可能か?

・主にコモディティ企業では価格競争力が問題となるが、競争力を保ち続ける根拠は?


順番に考えていきましょう。


不況時の資金繰り


本企業の2017年度 負債返済額は、57億ユーロでした。手元の現金及び現金同等物は、126億ユーロを保有していますので、不況が来襲し金融機関の貸し渋りにより債務借り換えが出来ない事態に陥っても、2年程度は持ちこたえられる計算です。


また社内の部門を切り売りする戦略は、ここでも有効な可能性があるかと思います。


競争力を保てるか


本企業はコモディティに属しますので、重要なのは経営陣の能力です。


先の本質的価値の計算では、好況時にROE, ROAを保つ適切な投資や経費削減の能力が不可欠です。


新CEOはこの点、会社全体を率いる能力としては未知数です。ただジープを見事成長させた手腕は、今後もジープに特化する当企業において活きると思いますし、マルキオンネが経営を始めた2000年代初頭よりも借入金が格段に減じた今、経営の難易度もはるかに減じているとは思います。


ですがもし、本企業に投資しているパブライ・スピアがもし経営に問題を感じ売却するのであれば、私も同じく売却を検討すると思います。


パブライ達の経営陣を見抜く能力も、ここで私にとって大変重要だからです。


そしてジョッキーがダメならば、こういった業種では穴が開いたボート宜しく、どうやっても沈み行く一方だからです。



最後に


自動車産業は昔からの産業ながら、自動運転、EV、環境規制問題など常に新たな設備投資を迫られ、競争も激しく、難しい投資先です。


様々な部門の先行きを全て理解するのは、業界の専門家、恐らくCEOでも実際困難でしょう。スタッフ同士の力を併せて行う共同作業なのだと思います。


この中で投資家が行うのは、適切な企業と経営陣を見て取ること、ここまでが出来る仕事の殆どではないかと思います。EVへの投資、自動運転の先行き、詳細はベテランのスタッフ達に任せるしかありません。


レースでは目的地に着くのに時間がかかることもあるでしょう。途中の悪路も、予想外の悪天候も有り得る道程です。そしてジョッキーにも必ずしもその全容は分からないのです。


そして我々に必要なのは企業と経営陣を見続け、考えつつ待つこと、ここに尽きるかと思っています。





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