フィアット・クライスラー(FCAU)の投資判断(4) 霧の向こう側





今回は2018年10月30日付、フィアット・クライスラーの四半期決算を見ていきます。


結果から先にお伝えしますと、決算の結果は前四半期よりも総じて良い内容でした。本企業は景気循環銘柄故に、貿易摩擦による循環要素(中国・欧州)を本四半期ではかなり受けてはいますが、元来進めていた車種構成の変更や経費削減といったファンダメンタルズ自体は、北米での好業績を中心として全体的に改善へ向かっています。


従って、本企業の本質的価値は外部環境を除けば改善に向かいつつあるものと私は思えますし、今後の本質価値の成長の道筋においても少しづつ霧が晴れつつあるように思います。


一方、決算を受けて翌日の市場では -2.3%安を付け、本企業への弱気の姿勢が一層強まったことは当方の判断との大きな乖離であり、非常に興味深いものでした。


それでは、財務諸表を見ていきましょう。




フィアット・クライスラー 四半期業績


※FCA  2018  Q3決算より引用。



本四半期の売上は前年同期比 +9%、Adjusted EBIT (注1) +13%、Adjusted net profit (注2) +51%でした。そして特に、最後の Adjusted net profit の伸びは素晴らしいものでした。






また国別内訳を見ていきますと、赤字のように北米が全体の売上・EBITを牽引しているものの、アジア・欧州・Maserati (中国の販売比率が高いです)に関しては、年初より徐々に利益減に沈んでいることが分かりますね。



※注1:
なお決算報告書によると、Adjusted EBITは継続事業の純利益から投資損益・リストラ・減損・償却・税費用などを調節、また以下の一過性支出などを除外し調整した数値です。本四半期においては、(1)米国のディーゼル排出物に関する推定費用、(2)中国の新排出基準による在庫減損、(3)EMEAにおける再編費用、(4)ブラジルにおける税調節などが主とのことでした。

※注2:
Adjusted net profitは注1と同じ項目で、継続事業の純利益から各種指標を調整した数値になります。


2018年見通し


ガイダンス





※上図:今回訂正された本年度ガイダンス(注3)
※下図:2018年 6月にマルキオンネが作成した本年度ガイダンス。



このアジア部門の不振を受け、本企業の本年度ガイダンスは図のように変更されています。


ここでは6月のガイダンスと比べ、貿易摩擦による中国(そして欧州)事業の影響を受け、売上・EBITの本年度末の見積もりを減じていますね。


ただ北米を中心とした利益率の改善から考えると、かねてから進められていた車種構成変更・経費削減の試みは、恐らくこの外部要因を除けば、順当であるように思います。



※注3:なお本四半期に発表された2018年ガイダンスはマレリ売却による利益は含まず、マレリによる本年の業績は含むものとなっています。



マニエッティ・マレリ売却益


さて、本四半期のFCAのもう一つ大きなニュースは、同社のマニエッティ・マレリ部門の売却です。


先日カルソニックカンセイに62億ユーロでの売却が決定し、同部門の規模(年間売上高50億ユーロ・純利益3億ユーロ)からすると、これは大変な好条件での売却かと思います。


この前CEO マルキオンネの経営戦略、すなわち景気低迷期はバーゲン状態のクライスラーを買いとり、景況が上向くと高値となった自社株を利用し増資、更に高値の部門売却・スピンオフを繰り返す戦略は、実にバリュー的です。


そして景気サイクルに応じて、アコーディオンのように資本を伸縮させるこのやり方は、優秀な経営者の条件かと私は思っています。


因みに個人的には、日本企業においてはこのように景気サイクルの後半、かつ高値掴みのM&Aが大変多いことがとても残念です。もし仮に私が経営者なら、この半額のバリュエーションで初めて買収を検討するレベルかと思っています。


この売却による資金調達で、2019年春からの年次配当開始が予定されており、また臨時配当 20億ユーロ(2018年11月9日付で時価総額 227億ユーロですので、株価の凡そ10%弱)が予定されています。



貸借対照表


膨らむ簿価




それではバランスシートを見ていきましょう。


上記の本四半期の業績を受け、簿価は2017年度末と比べこの9か月間で凡そ15%増加、またDebt(有利子負債)は180→154億ユーロへと削減されています。


またマニエッティ・マレリの売却余剰金もここに加わることが期待され、更なる簿価増加が期待されます。


そしてこれまでのシリーズでお伝えしましたように、こういった薄利の業界において財務の枷となっている借入金の利払いが消失してくることは、業績が爆発的成長を遂げる材料となります。


減じる利払い




上図では実際、Net financial expenses(利払い)が減じてきていることが、本年でも利益創出にあたって一つ貢献していることが分かりますね。


成長する信用格付け




ちなみに2017年年次報告書での本企業の格付けは上記のようになっており、現状は悲しいかな投機適格の水準です。


ただ上図のように、レーティングはここ数年で大分改善してきていますし、これが投資適格となれば負債の借換え金利が相応に改善することが期待されます。





こちらは同年次報告書での本企業の残債なのですが、恐らくかつての危機的財務状態のときに起債した債券はジャンク債レベルの高利なのです。そしてこれが本企業の利益を大変に蝕んでいただろうことが分かります。


また信用格付けの改善を経て、この高利とももう暫くでお別れ出来そうなことも見て取れますし、このサイクルがより一層の利益と簿価成長に繋がるものと思っています。



まとめ


ここまでのポイントをまとめます。



・全体として売上・EBIT・修正純利益は改善傾向にあり、貿易摩擦の不振を北米が補っている。

・良好な収益により簿価は成長し、負債は減じ、利払いも減じている。

・マレリの売却益で株価の10%弱の配当が行われる予定である。

・マルキオンネ亡き後の経営陣に現状大きな問題は見られない。



従って現状、外部環境の変化以外に企業価値に変わりはないと思われ、私の本質的価値の見積もりも前回と変化は有りません。


またアジアを中心に市場を覆う霧は、参加プレーヤーの誰もが現状維持を望んでいないことからやがて何らかの形で晴れる可能性が高いと思っていますし、そうなれば本企業の価値は噴き上げる可能性が高いでしょう。


仮に霧が晴れずとも、大きな安全域に保護された本企業への投資は本質的にリスクが少ないものかと思っています。


そして経営陣の姿勢に未だブレが無く、マルキオンネの経営風土がそのまま残っている可能性が時間とともに高まる分、2022年ガイダンスの達成確率はやや上昇しているように思えます。



霧の向こう側へ


まるで霧深い森のように悪材料に満ちたこういった銘柄では、決算結果が出た瞬間に株価が大きく反応し、集中的に売りが集まることを度々目にします。そして特にここ最近のようなボラティリティの高い相場では、この変動が大きいものとなっています。


また数日後に、何故売ったのかを皆が忘れたかのように買いが集中することも、市場では良く目にする光景です。


恐らくAIなどを用いた高速アルゴリズム取引、そしてマクロ経済を見込んだ投機的取引が市場をかき乱しているのでしょう。




これまでお伝えしてきましたように、本質的価値の計算は目に見えている財務諸表の表面部分の理解以外にも、起こる確率が高い事柄、また起こる確率が低いながらも発生すると致命的となりうる事象、経営陣の質、景気サイクルへの理解(各業界、及び信用・市場サイクル)、こういった様々な事柄が折り重なって形成されるものかと思っています。


このように沢山の変数が絡む以上、本質的価値も上下に変動しますし、都度適正な価値を推し量るにはバフェットの言う、 " 財務諸表の行間を読む " 作業がとても重要になります。


私は多く人間心理が絡む市場において、これをAIで瞬時に模倣するのは不可能だと思っていますし、ここで固定した必勝法がないのも当然のことです。




孫子には拙速は巧遅に如かず、とあります。これは分野によっては確かにそうでしょう。


ですが不確実要因に満ちた市場において、情報の速さやモメンタムを頼みとした不完全な予測・期待に基づく行動では無く、精査を重ねた熟慮の一手、それが本質的価値に迫る手段だろうと私は思います。


ゆっくりと確実に歩みを進めることが私の方法ですし、霧の中にある崖や分かれ道・滑りやすい坂など、色々な障害を考えてかかることが投資ではないのかと、そう私は思うのです。




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