フィアット・クライスラー(FCAU)の投資判断(5) 雑踏の中で






今回は2019年2月7日付、フィアット・クライスラーの2018年度年次決算を見ていきます。


結果からお伝えしますと、今回の決算はここ最近の決算と同様に貿易摩擦の影響を受け業績こそ一定の伸び悩みを見せているものの、内在価値の上昇が続く点において良い内容に思いました。


そして最も重要と思われたポイントは、故マルキオンネCEOが生前に示した本年度のガイダンスが彼の指揮が無くなった後も、概ね業績に反映され続けていることにあります。


一方市場は貿易摩擦の結果を受けた決算結果から失望売りにて反応し、同日の決算は - 12.2%と大きな下落を見せたのは当方の判断との大きな乖離であり、更なる買増しが可能となる点で個人的に一つ嬉しい反応でした。


それでは、財務諸表を見ていきましょう。




※扉絵は本年発売の新型ピックアップトラック、ジープ グラディエーター。コンセプトからして実にアメリカ人受けしそうです。しかし戦車やガンダムが好きな男子なら、きっと大好きなデザインですね (*'ω'*)




フィアット・クライスラー 年次業績



※FCA 2018年次報告書 IRより引用。



本四半期の売上は前年比 + 6%(年度全体で + 4%)、Adjusted EBIT +7%(年度全体で + 3%)、Adjusted net profit +49%(年度全体で +39%)と前年に比べても、また2018年度のこれまでの四半期と比べても力強いものでした。


またこれを受け、この一年間でDebtも相応に削減されているのも併せて見て取れますね。






国別内訳を見ていきますと、北米及び南米は売上及びEBITが堅調なものの、昨今の貿易摩擦のあおりを受けたAPAC, EMEA, また中国に依存度の高いMaseratiは大きな減収減益に沈んでおり、北米一本足の度合いがより高まっていることも見て取れます。





さて今回は、Adjusted EBITの換算内訳も見ていきましょう。


EBIT = 税引前当期純利益 + 支払利息 - 受取利息


EBITはこのように表されますので、純利益からの換算に当たって本年の利払いや税金を除いて考えなくてはなりません。


これを踏まえて上図を見ていくと、2017→2018年にかけて純利益増に大きく貢献したのは Tax expense の減少であったことが分かりますし、これは根本的な収益力の成長とは異なるファクターである点、一つ頭においておく必要があるでしょう。


またNet financial expenses(利払い)の減少も前四半期決算に続けて、EBIT増に貢献していることも分かります。


つまり本年の純利益の大幅増には税率減の影響があるものの、それを除してもEBIT増を達成しており、そこにはマルキオンネ時代から行われていた企業の経営効率の改善(経費削減・車種構成変更など)、また借入金減による利払い減が影響しているだろうことが分かるかと思います。


これは逆風吹きすさぶ今の自動車業界にあって多くの景気循環企業が赤字に沈む中、売上/EBITで+6/+7%の増収増益を達成している点、素晴らしい健闘であるかと個人的に感じます。




今後の見通し


2018年ガイダンスの達成度


さて本企業の特徴は、長期のガイダンスを予め作成し、そのガイダンスに沿った業績を長年挙げ続けてきている点です。



※上図:2018年6月にマルキオンネが作成した2018年度ガイダンス。
※下図:2018年度 業績



上図は2018年に故マルキオンネCEOが作成したガイダンス及び、本年の実際の業績です。


こちらを比べてみると、先程お伝えしたように純利益こそ税率の変化もあってガイダンスを達成しているものの、売上・EBITはガイダンス未達なのですね。


これを一つ嫌気し市場は売りの判断を下している訳ですが、ここで2017→18年にかけての外部要因を除いてみると、収益力の面から見た内在価値はどれ程成長しているのでしょうか?






セグメント別に見ますと、2017→18年にかけて本企業の利益伸び悩みに関係していたのは赤字のアジア・欧州・マセラティ部門でした。


具体的に言いますと売上18億ユーロ、EBITで12億ユーロがこれらの部門では前年比減となっています。


もし貿易摩擦が無かったと仮定し、この分を本年の業績に足し合わせてみると、2018年度売上 1122億ユーロ、EBIT 79億ユーロほどとなります。


これは2018年ガイダンスを概ねクリアする水準ですし、もし貿易摩擦が無ければ北米の利益も更に上振れていたことが予想されますので、実際の本企業の収益性はマルキオンネの考えた通りに改善が進んでいる可能性が高いかと思います(※注1)。


なお上記のように貿易摩擦が無かったと仮定し、ガイダンス通りの数値を用いると、現状の実績PERは4.3倍、また2020年ガイダンスのEPSからでは予測PER 3.0倍、2022年 予測PER 2.0倍ということになります。




※注1:以降の計算等は全てマニエッティ・マレリを除いたものです。



2019年度ガイダンス


Adjusted EBIT > €6.7 billion  (2018年実績:€6.7 billion)
Adjusted diluted EPS > €2.7  (2018年実績:€3.0)
※2019年ガイダンス、数値はマニエッティ・マレリを除いたもの。



本年のガイダンスは今回の決算で上記のように示されています。


これは昨年度と比べて概ね横這いと大変弱気の目標であり(※注2)、この弱気のガイダンスが市場の強い売りを今回誘った一因なのですね。




さてガイダンスというものは、現在の環境を踏まえて作成するものです。というのは当然にかつてのマルキオンネのガイダンスは貿易摩擦が無い場合を想定したものですし、今回のそれは貿易摩擦を織り込んだものなのですね。


個人的な考えとしては、自動車業界など景気循環の影響を鋭敏に受ける業界は、将来計画の厳密な予想は不可能と言って良い難しさであり、今の状況増悪が続くものとして低めに目標を置くこともあるかと思います。


ただこのガイダンスは適切な車種構成・経費削減・借入金削減によって、関税下でも増収増益を達成し続けているフィアットの現況から考えても、貿易摩擦をかなり大きく織り込んだ(恐らくは更なる関税増ないし市況増悪を考慮した)、とても慎重なものかと感じています。


またカンファレンスコールにおいてマンリーCEOは、更に来年度 2020年度のガイダンスはAPACやEMEAなどの困難な状況が改善すれば十分に達成される数値だと、以前と不変である旨を強調しています(※注3)。





※注2:EBIT(税引前利益です)は横這いながら、EPSは来年の米国における実効税率の上昇を反映し、本年 €3.0→2019年度 €2.7以上が目標とのことでした。


※注3:2020年ガイダンスでは Adjusted EBIT 92-104億ユーロ、Adjusted diluted EPS 4.0-4.6ユーロが以前のガイダンスで示されています(マニエッティ・マレリを除いた数値です)。



コモウ売却


また2018年末には、マレリ売却に続き、コマウ(産業ロボット部門)の売却も検討中との報がありました。


これはマレリの時と同じく、フィアットの内部にあっては適切な値付けがなされない同部門が、スピンオフや売却によって活用可能となる訳ですね。


因みに個人的には、一般に産業ロボットなどであればセクター一般として現状のPER 5-6倍、PBR 0.9倍というのは不適切なプライシングと思われ、業績にも寄りますがPER 10倍ほどは見込めるかと思っています。


やや割安での売却になりかねない今の市況では、恐らくまだ売却決定に至らないことが予想されるものの、マルキオンネ亡き後にこの決断を下した現在のマンリーCEOも、実に先が楽しみな経営者かと思えます。


なお上述のマレリ売却は本年Q2に成される予定であり、その後4月中旬に臨時配当 20億ユーロ(2019年2月11日付で時価総額 206億ユーロですので、株価の凡そ10%程)が確定するものとされています。


また今後の普通配当は、Adjusted net profit の20%相当が計画されています(※注4)。




※注4:2018年度の Adjusted net profit は47億ユーロですので(マレリ除く)、同じ程度の利益であれば配当は9.4億ユーロ、2月11日付株価でいうとその4.6%程となります。よって今後はいわゆる、高配当再投資戦略が可能となりますね (*^^)v



その他


また本四半期ではFitchの格付けが "BB" → "BBB-"に引き上げられています。


これは「投機的」→「投資適格」に漸く引き上げられたことになりますので、年金など機関投資家の資金流入、また資金調達における社債発行時の金利など、様々な恩恵を受けられる利点があるかと思います。



最後に


本企業を覆う悪材料は未だ晴れず、特にこういった景気循環銘柄では完全に視界がクリアになるまで売りが続くことは、市場には良く有る景気循環の風物詩のようなものかと思っています。


弱気の見通しが示された今回の決算後のような状況は、特にそうでしょう。


ですが決算の数値をよくよく見、貿易摩擦の影響を除いて考えると、土台となる本企業の収益力は改善が続いているように見えます。





私は市場とは沢山の人々が集まる、雑踏の中に居るようなものかと感じます。そしてこの雑踏の中では大きな声を出しても相手には届き難く、また向かう先も見通し難いと思うのです。


先が見えぬ場合、とにかく歩き回ってみるという考え方、或いは試しに周りと同じ方向に歩いていくという向きもあるでしょう。


ですが私は不動の姿勢が、良い結果を生むことも多いように思うのですね。


動かずに周囲をよく確認し、トラブルを起こしかねない衝動にブレーキをかけること、これが雑踏で迷子にならぬ大事なポイントでは無いかと思いますし、良い巡り合わせを待つことに繋がるようにも思います。


後はもう一つ、余計に足も疲れず済むかなとも思うのです。





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