今回は、2019年第一四半期の決算報告書を見ていきます。
今回の四半期前後では先鋭化する貿易摩擦、またフィアットからルノーへの経営統合の提案といった出来事が次々と生じ、本企業の周辺でも大きな動きが見られた四半期でした。
そして先行きの見えぬ市場に反応し、当企業の株価は前四半期比-15%程の大きな下落を見せています。
ではこの3か月間に、実際の企業価値は市場が思うように15%が失われたのかどうか、この点を財務諸表を見つつ考えていきましょう。
※扉絵はフィアット 500e。2012年に発表されたカリフォルニア限定でのEVの実験車です。そのあまりの赤字に、かつてマルキオンネが「出来れば売れてほしくない」とボヤいた車になります。でも可愛くて、先進性も感じさせるデザインは素敵ですね (*'ω'*)
フィアット・クライスラー 業績
※FCA 2019年 Q1決算より引用。
※以下使用する全ての図はマニエッティ・マレリ除いたもの。
本四半期の前年比での業績は売上 -4.9%、Adjusted EBIT -28.9%、純利益 -39.5%でした。
これは貿易摩擦の影響により、中国・欧州地域での利益減が大きく圧し掛かったことに加え、前四半期まで好調であった米国での利益の低迷が原因として挙げられます。
これは貿易摩擦という外的環境上、止むを得ないものと思うのですが、そんな中でも本企業の売上原価・SGA費・負債の利払いに掛かる Net financial expensesは、順当に削減されているのが見て取れるかと思います(一番目の図赤字・緑字)。
また本四半期では、リストラ費も計上されており(一番目の図青字)、これも本四半期利益の重荷となっている点は、一つ挙げられるかと思います。
出荷台数を見ていきます。
出荷台数は前年比 -13.9%、またこれにより営業キャッシュフロー、フリーキャッシュフローは緑字のように大きく減じています。
貸借対照表を見てみましょう。
ここでは先ほどの悲観的な内容とは打って変わって、簿価は3か月で +4.0%の増加を見ているのですね。
在庫・売掛金が若干増加していることは注意点であるものの、不況の最中の景気循環銘柄は、赤字および保有資産の減価償却・減損により簿価減が生じるのがパターンであり、それを免れている点でまず及第点と言えるかと思います。
以上をまとめますと、本四半期は景気循環銘柄の特性を予想通りに大きく受けたものの、それでも黒字を継続、簿価を3か月で4%伸ばしており、特に各種経費や利払い費用などのコスト削減が堅調に続くことが確認出来た点で、まずまずの結果であったかと個人的には感じます。
2019年ガイダンス
本四半期決算では、昨年度末のガイダンスは据え置かれ、2018年のAdjusted EPS 3.0€に対し、2019年 2.7€と強気の見通しが示されました。
貿易摩擦真っ最中にあってのこの見通しは、年後半にかけて市況が上向き業績が改善してくるものと想定しているのですね。
CEOの保有株売却
一方、本四半期ではバッドニュースもありました。
FCAのマンリーCEOがルノー統合を発表した日の翌日、保有する自社株を売却していたことが判明したのです(保有株944406株の内、25万株を売却)。
内部事情を良く知るCEOが保有自社株を売ってくるからには、恐らく今現在の業績が芳しくないことを示唆していると思いますし、本年度のガイダンスは今後下方修正される可能性が十分在るものと思います。
市況低迷期に経営陣が自社株を売ってくるのはちょくちょくあることなのですが、ここは長期的な自分の値付けへの信頼度が試される場面ですね。
合併協議の成果、そしてこれから
達人の描いた地図
本四半期では、本企業とルノーとの経営統合が自動車業界の大きな話題となりました。
これは本シリーズでも以前からお伝えしておりましたように、故マルキオンネは自動車業界での生き残りには規模が必要不可欠と公言しており、その考えが今もFCAの経営陣に受け継がれていることが背景にあります。
電動化や、自動化などという次世代の技術に対しコストを削減してキャッシュフローを増やし、必要な資金を得る道は統合しか無い、云わば業界全体で取り組むべき課題であると故マルキオンネは見ていたのですね。
その考えのもと、嘗てマルキオンネはGMやフォルクスワーゲン、ルノーとの経営統合や身売りの交渉を行いました。結果的にこれらの協議は上手くいかなかったのですが、これはタフな交渉相手として評判が定着していたことが潜在的な交渉相手を警戒させていた面も影響していたとのことです。
アフター・マルキオンネ
よって今回のルノー交渉は、マルキオンネ亡き後のFCA御し易しと見た、ルノー側の心情の変化も交渉の背景にはあった訳です。
さてここでもう一つ重要になるのは、マルキオンネとの長年のパートナー、エルカン会長の存在です。
同氏はマルキオンネと共に2004年 28歳の若さからFCAを立て直した、欧州の名門アニェッリ家出身の人物で、バフェットに強い憧れを持っているとされる人物です。
その手腕はマルキオンネの影に隠れ未知数の部分もまだ多いように思うのですが、現時点ではマルキオンネ後の高値でのマレリ売却・コマウ売却の検討・他社との合併などの思考プロセス(※注1)からして、及第点と言って良い経営者の様に思うのです。
そして統合によるシナジー効果が財務上最大限に見込めるプジョー・ルノーとの交渉を次々と打ち出し、交渉過程でその最大の問題点となっているフランス政府の過干渉、また日産とのアライアンスの不和を見抜き、速やかに協議を中断したその判断は、なかなかに優秀なものと感じます(※注2)。
またマルキオンネ後の経営を見るに、今のFCA全体の経営方針を立案しているのは主としてエルカン会長であり、且つ今回の一連の騒動はある種、その手腕に対するリトマス試験紙の役割を果たしたかと思えるのです。
※注1:
マレリ売却はマルキオンネがまとめきれずにいた案件ですが、その後エルカン会長とマンリーCEOの下で為されています。そして前回お伝えしたように年間純利益3億ユーロのマニエッティ・マレリを62億ユーロでの売却に成功した手腕は、中々のものと思います。
※注2:
ウォールストリートジャーナル紙の記事に今回のルノー合併とその撤回の顛末が詳しいです。今回の交渉に関係した各プレーヤーの人間模様、そして大変に複雑にこじれたルノーとフランス政府・日産の関係が透けて見え、大変面白い記事になります。
その他
なお本四半期より、以前CAIインターナショナルの投資判断(5.5)で詳しくお伝えした、リースの会計変更にかかるリース資産の貸借対照表への資産・負債計上が行われています。
上図のように本企業のリース資産の計上は資産規模からすると小規模であり、これはインパクトとしては小さいものと考えます。
私の考え
本四半期はFCAの周囲では怒涛の如くイベントが起こり、それに対応して株価も激しく上下動した四半期でした。
米中の貿易摩擦、また無期限延期が決まったとは言え不確定要因として余韻を残すメキシコ問題、また本企業の伸び悩む業績に加えてCEOの自社株売却と、悪材料が次々と噴出する時期であったかと思います。
一方、経費や利払いの削減などのコスト削減は着々と進行しており、また経営陣のスタンスが確認出来た面では、一つ収穫もあった時期であったように私は思います。
迷い込んだチャックラ・ビュー
チャックラ・ビューとは、インドの叙事詩、マハバーラタに登場する戦闘陣形のことです。これは一旦敵が中に入り込むと脱出不能、中で死を待つしかないという恐るべきものです。
著名投資家のモニッシュ・パブライは、投資した銘柄が不況に飲まれ、このチャックラ・ビュー、いわば死地とも言える市場の嵐に巻き込まれた際の考え方を述べています。
この中で、損失を出し株式を売ってはならない理由は以下である。
1. 購入してから2-3年に満たない
2. 業界全体の低迷期など高い確信を持って本質価値を計算出来ない
3. 保守的な本質的価値の予想よりも現状の価格がはるかに低い。
そして死地から生きて帰るには「何もしない」、それこそが最善の道なのだ。
モニッシュ・パブライ ダンドーより
相場の中で特に循環的な銘柄においては、不況期に悪材料が次々と噴出するのはパターンと言えます。
そして不況期、特に本企業のような銘柄においては利益の低迷により本質価値の値付けは不可能になるのですね。ですが事業の周期的な特徴を考えると、通常は需要が回復すれば一般に状況は改善される可能性が十分に高いのです。
チャックラ・ビュー=死地から生きて脱出するのに賭けるなら、「何もしない、ただ保有すること、そして時が癒してくれるのを待つ」ということになろうかと思います。
最後に
本企業を購入して約1年が経過し、その後 -20%級の下落だけでも5回を数え、株価は初期購入価格より-30%の下落とまずまずのドローダウンに襲われています。
当ブログの方針は企業の本質的な価値に変わりが無ければ待つと、何時もと変わりはありません。
本四半期では市場が大きな上昇を見せ、その中で一部の人気銘柄やビットコインなどといった投機的資産は急騰し、ここでトレンドに乗ろうとする投資家の熱は未だ冷めやらぬ市場の熱気を映しているようにも思います。
この中でバリュー株が皆に追いつく可能性は低いだろうと推測しています。そして逆説的ながら、数年間何もしないで居ることが出来れば、ポートフォリオ全体での結果は非常に許容できるものになろうかと私は考えています。
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